梅雨や夏の時期に発生しやすいといわれる食中毒。
しかし最近は暖冬の影響もあり、秋から冬にかけて感染のニュースをみることもありますね。
食中毒の原因となる菌やウイルスにはそれぞれ好発時期がありますが、実際は通年起こりうる病気です。
老人ホームなどの高齢者施設では、特に食中毒に注意が必要です。
残念ながら、全国では毎年老人ホームでの食中毒感染事例が報告されており、中には命を落とすケースもあります。
筆者が過去に勤めていた保健所でも、老人ホームの食中毒発生報告が飛び込んでくることがありました。
そこでこの記事では、老人ホームにおける食中毒の原因や高齢者へのリスク、予防対策について紹介します。
食中毒の特徴と予防の必要性
食中毒とは、食べ物を介して病原体となる細菌やウイルスに感染することで発熱や下痢、嘔吐などの症状を引き起こす病気です。
症状まで潜伏期間があること、また病原体の付着物や感染者などからうつる二次感染の危険もあることを心に留めておきましょう。
主な食中毒の原因には、ウエルシュ菌、腸管出血性大腸菌(O157など)、ノロウイルス、黄色ブドウ球菌、サルモネラ菌、カンピロバクターなどがあります。
ウエルシュ菌は、集団施設での調理で発生しやすい細菌です。加熱殺菌が不十分の場合や好発の温湿度帯で急速に増殖します。
O157で有名な腸管出血性大腸菌は、その名の通り激しい出血を伴う大腸炎が起こる病気で、死に至る危険もあります。
ノロウイルスは冬に流行するウイルスのひとつ。感染力が強い一方で症状が出ないケースもあり、ほとんどが集団感染に至ります。
食中毒は決して人ごとではなく、細菌やウイルスが生存できる環境が整えば、誰もがかかる可能性のある身近な病気です。
そして、多くの高齢者が日常生活を送る老人ホームでは、さまざまな場面で食中毒発生の要素が隠れています。
そのため、日頃からの予防対策が大切です。
高齢者が食中毒にかかりやすい原因やリスクについて
高齢者は特に食中毒にかかりやすく、注意が必要といわれています。
なぜなのか、原因とそれに伴うリスクを3つ挙げて解説します。
高齢者は特に重篤化しやすい
高齢者は加齢により、もともとの体力や免疫が低下しています。
そこに持病や身体の不調が重なり、余計に抵抗力が弱まった状態になります。
そのため、新たな病原体からのダメージを受けやすいのです。
あらゆる条件が重なり、命の危険に直面することも珍しくありません。
食中毒による体調変化のリスクが高い
高齢になると、成人期と比べて体内の水分量が減少します。
そのため、食中毒にかかると脱水や血圧低下といった全身症状が現れ、点滴などの医療処置や救急対応の機会が増えます。
また発熱や倦怠感で疲労を感じやすいため、症状が治ったからといってすぐに快方に向かうとは限らないのです。
老人ホームでは現場が疲弊する可能性も
老人ホームでは、職員への感染拡大にも注意が必要です。
対応できる職員が減るうえにイレギュラーな介助・業務が重なれば、さらなる人手不足を招く恐れがあるからです。
まさに「介助量が増える中で感染対策の徹底も求められ、現場が疲弊している」という話は、現場でよく聞かれます。
老人ホームで食中毒が起こりやすいのはなぜ?
老人ホームで、毎年のように食中毒の感染が目立つのはなぜなのでしょう。
ここでは、老人ホームならではの特徴を踏まえ、食中毒が起こりやすい理由を解説します。
大勢の高齢者が日常生活を送っている
老人ホームでは、多くの高齢者が日常生活を送っています。
談話室やデイルーム、食堂などのパブリックスペースでは高齢者同士の交流が増えます。
また浴室やトイレも共用していることから、病原体をうつし合う機会が多くなるでしょう。
そのため、何気ない日常生活の中で集団感染する可能性が高まります。
疾患や不調を抱える高齢者が多い
疾患の種類や介護状態を含め、心身の不調は高齢者一人ひとり異なります。
特に老人ホームには、比較的介護度の高い高齢者も入居しています。
そのため食中毒が流行るリスクは非常に高く、個人で食い止めるのは極めて難しいでしょう。
職員の介助や対応が常に流動的
職員が24時間介助を行うのも、老人ホームの大きな特徴です。
介助者である職員は日々多くの高齢者と関わっており、変則的な勤務体制の中で常に動きのある仕事をこなしています。
業務が流動的であるぶん、職員が細菌やウイルスの媒介者となる可能性も大きいといえます。
老人ホームの食中毒対策で大切なポイントとは?
では、老人ホームの食中毒予防にはどういった対策が有効なのでしょうか。
ここからは、予防対策に大切な3つのポイントを紹介します。
食中毒予防の三原則「つけない・増やさない・やっつける」を徹底する
まず心がけたいのは、「つけない・増やさない・やっつける」という三原則を必ず守ることです。
つけない
「つけない」とは、病原体を食べ物につけないことです。
そのためには、まず基本中の基本である手洗いをしっかりすること。
たっぷりの流水と石鹸で、忘れがちな爪や指の間、手首なども丁寧に洗いましょう。
職員だけでなく高齢者自身も意識を持ってもらえるよう、日頃の習慣として身につけておきましょう。
厨房内の衛生管理を中心に行うのは調理担当の職員です。
老人ホームでは食事形態(ミキサー食、きざみ食など)により調理工程が増えることも多いので、食材管理や調理器具の衛生的取扱いに注意が必要です。
人によって対応の差があってはならないので、食中毒予防に対して全員が同じ認識を持って業務にあたるようにしましょう。
また、定期的な検便検査も忘れずに受けましょう。
自覚症状のない時期にうつしてしまうのも非常に怖いことです。
平常時でも、常に「病原菌をうつし合う可能性」を認識しておくことです。
増やさない
「増やさない」とは、細菌が増えないように保存することです。
老人ホームで起こる食中毒では、大量の食事が適切に保存されていないケースが目立ちます。これでは、病原体を招き入れているようなものです。
調理後にすぐ食べないのであれば、10℃以下の場所(冷蔵庫や冷凍庫)で冷やして保存しましょう。
そして一度終わった食事は提供せず、食べ残しは毎回厨房で処分することです。
やっつける
「やっつける」とは、十分に殺菌することです。
細菌やウイルスを死滅させるには、最低でも75℃以上で1分間、しっかりと加熱することが重要です。
中心部まで十分に火を通すことで、病原体の増殖リスクを最小限に抑えられます。
冷蔵保存などで一旦温度が下がったものも、必ず再加熱をします。
再加熱とはまんべんなく熱を通すこと。下から上へ全体をかき混ぜ、100℃近くまでしっかり煮ると良いです。
また生ものに触れた調理器具も、使うたびに熱湯などによる加熱殺菌が必要です。
家族も食中毒の予防意識を持つ
老人ホームでは、面会などで家族が差し入れする機会も多いでしょう。
そこで食中毒予防のために、避けた方が良い食べ物をお伝えします。
まずは、傷みやすいものです。
例えば、まんじゅうやケーキなどの生菓子、お弁当などです。
その場で食べるつもりでも、残りを自室で保存したままだと食中毒のリスクが高まります。
また、大袋で大容量のものや期限が間近なものもやめましょう。
加齢による食事量の減少や衛生面を考慮し、小分けされたものや期限に余裕があるものがおすすめです。
定期的に保存状況を確認できるよう、職員にも共有しておくと安心です。
(ただし、差し入れなどについて老人ホームの規定がある場合はそれに従いましょう。)
入居しているからこそ「本人の好きなものを持っていきたい」という気持ちもよくわかります。
しかし老人ホームでは、高齢者自らの管理・判断が難しいこともあるため、家族の協力も必要です。
食中毒予防の必要性を理解し、常に意識するよう心がけましょう。
職員間の密な連携や情報共有
老人ホームは昼夜で職員が入れ替わるため、情報共有や引き継ぎが大変なことも多いでしょう。
だからこそ、日頃からオープンな職場環境を心がけましょう。
1人で抱え込まず、「お互いに協力し合える」「多くの人の目が行き届く」…そんなしくみづくりが大切です。
情報や認識のすれ違いを防ぎ、リスクマネジメントすることも重要な予防対策です。
食中毒については、老人ホームの医療職を中心に、予防時と発生時それぞれのマニュアルを作成しておきます。
できるだけ現場に即した内容にするには、職員からの意見も取り入れると良いでしょう。
より理解を深めるためには、食中毒の研修や勉強会、発生時を想定した予行練習をするのも有効です。
また食中毒発生の有無に関わらず、1年ごとに定期的な内容の確認や見直しを行うことがリスク管理になります。
緊急時の対応や、医師・保健所との連携方法についても全員で共有しておきましょう。
まとめ
老人ホームは、心身機能が低下している高齢者の集団生活の場であることに加え、日常的な介護の機会が多いのが特徴です。
食中毒の原因となる細菌やウイルスは目に見えないので脅威に感じるかもしれませんが、しっかりと対策すれば高い確率で防ぐことができます。
これ以上食中毒の被害を出さないためにも、老人ホームに関わるすべての人が日頃から予防意識を高めておくことが大切です。