老人ホームを退去する際、思わぬ出費として「原状回復費用」が請求されることがあります。
この費用について事前に正しく理解しておくことで、請求時のとまどいやトラブルのリスクを減らすことができます。

そこで本記事では、「原状回復費用とは何か?」という基本的なポイントから、実際にあったトラブル事例、さらには費用をめぐる予防策や相談窓口まで、介護業界で20年の経験を持つ筆者がわかりやすく解説します。
老人ホーム退所時に発生する費用
老人ホームを退去する際には、いくつかの費用が発生します。その一つが「原状回復費用」です。
これに加えて、以下のような費用がかかるケースもあります。
- 入居一時金の未償却分の精算
- 葬儀や埋葬費用
- 退去日までの利用料や未払い金の清算

入居前の段階で契約書をじっくり読み込み、わからない点があったら、遠慮なく施設側に質問してみましょう。
原状回復費用とは?
「原状回復費用」とは、入居者が退去するときに、お部屋を入居前の状態に戻すための費用のことです。
例えば、入所者が負担する原状回復費用には以下のようなものがあります。
- 家具を動かして壁や床にキズをつけてしまった場合
- 車椅子や杖の乱暴な使用で床をキズつけてしまった場合
- トイレの便座周りをいじって故障させてしまった場合

ちなみに、国土交通省が公表している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」では、原状回復を以下のように定義しています。
賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意、過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること
つまり、日常的な使用による自然な劣化については、本来入居者負担とはなりません。
原状回復費用の相場
一般的な賃貸住宅の場合、原状回復費用は家賃の2~3ヶ月分程度、クリーニング費用は約1~3万円が相場とされています。
ただし、老人ホームの場合はこの限りではありません。
施設の規模や居室の広さはもちろん、入居期間の長さ、そして何より契約内容によって費用は大きく変動します。

原状回復費用を巡るトラブル事例
老人ホームを退所する際、原状回復費用をめぐって思わぬトラブルに発展することがあります。
高額な費用の請求や説明不足により、入居者本人だけでなくご家族にも精神的・経済的な負担がのしかかるケースも珍しくありません。
ここでは、実際に発生した具体的な事例をご紹介します。
事例1:短期間の入居にもかかわらず高額な費用を請求された
認知症の母がグループホームに入居したが、心身状態が悪化したため、10日後に退去し別の施設に移った。前払い金10万円は返金されず、ハウスクリーニング代3万円を請求された。(60歳代、男性)
引用:兵庫県豊岡市役所

事例2:目立った損耗がないのに費用を請求された
祖母が死亡退居した。入居期間は3年程度、室内はきれいなのに原状回復費用として 57,240 円の見積もりがあがってきた。国交省のガイドラインに基づくのではないかと交渉すると多少減額された見積もりが来たが、納得がいかない。

事例3:エアコンのクリーニング費用を請求された
退去時の原状回復で、エアコンの内部洗浄のクリーニング費用の支払いを求められている。エアコンは普通に使用しただけであるが、内部洗浄のクリーニング費用を支払わなければならないのか。

原状回復費用のトラブル予防策
老人ホーム退所時の原状回復費用に関するトラブルを未然に防ぐためには、以下の対策が重要です。
- 契約内容の事前確認
- 入居時の現状記録
- 施設との定期的なコミュニケーション
- 退去時の費用見積もりの確認
それぞれ詳しく見ていきましょう。
契約内容の事前確認
原状回復費用に関するトラブルを防ぐには、入居前の契約書確認が何より重要です。
特に見落とされがちなのが、以下のポイントを「誰が・どこまで」負担するのか。
- クリーニング費用
- 修繕費用
- 消耗品の交換費用
例えば「エアコンの内部清掃は入居者負担」といった記載がある場合、退去時に予想外の請求が発生することも。

入居時の現状記録


トラブルを未然に防ぐには、入居時にお部屋の状態を確認し「壁のキズ、床のへこみ、設備の状態」などを写真や動画に記録して残しておくことをオススメします。
写真などを施設側と共有しておくことで、責任の所在を明確にできます。

施設との定期的なコミュニケーション
入居後は、施設のスタッフとのコミュニケーションを良好に保ちましょう。良い関係性を築くことで、お部屋の不具合が起きたときに相談しやすくなります。


こうした悩みは、一人で抱え込むとストレスが大きいですよね。

退去時の費用見積もりの確認
いざ退去の段階で、「思っていたより費用が高い…」と慌てる人も少なくありません。
そこで重要なのが、退去前に原状回復費用やその他精算費用の見積もりを取り、内訳をきちんと確認しておくことです。
もしも、わかりにくい費用項目や納得できない請求があれば、遠慮せずに説明を求めましょう。

では、後悔が残ります。金額だけでなく、根拠やルールもきちんと理解しておくことが大切です。

トラブルが発生した際の対応策
老人ホームの退所時、原状回復費用に関するトラブルが発生した場合は、次のような対策を取ってみましょう。
- 契約書と関連書類の再確認
- 施設側との冷静な話し合い談
- 原状回復費用のトラブル相談窓口一覧
- 法的手段の検討
- 今後のトラブル防止策の検討
それぞれの対策について、詳しく解説します。
契約書と関連書類の再確認
まずは入所時の契約内容を改めて確認しましょう。
入居時に交わした契約書や重要事項説明書には、原状回復費用の負担範囲や退去に関する規定が細かく記載されているはずです。
例えば、「経年劣化は入居者の負担対象外」と明記されているにもかかわらず、壁紙の張り替え費用を請求されている場合、それは契約違反の可能性があります。

施設側との冷静な話し合い
契約書を確認してもわからない点がある場合は、感情的にならず、落ちついて施設側と話し合いの場を設けましょう。
例えば、


など、費用の内訳や請求の根拠を具体的に尋ねることが大切です。
ポイントは、相手を責めるのではなく、事実のみを一つずつ確認していくこと。冷静かつ丁寧な対応が、スムーズな解決につながります。

原状回復費用のトラブル相談窓口一覧
もしも施設側と原状回復費用をめぐってトラブルになってしまったときは、一人で悩まず相談窓口へ相談しましょう。

具体的には、公平な立場でアドバイスや交渉支援をしてくれる、以下のような相談窓口が挙げられます。
相談窓口機関名 | 概要・役割 | 連絡先 |
---|---|---|
消費生活センター(国民生活センター) | ・消費者からの相談を専門の相談員が受け付け、公正・中立な立場で対応 ・請求トラブルや契約内容に関する問題の初期対応に有効 |
【全国共通】188(いやや!) ※最寄りのセンターに自動転送されます |
地域包括支援センター | ・高齢者やその家族の生活全般を支援する地域の公的機関 ・介護福祉に関する幅広い相談が可能 |
お住まいの各市区町村のホームページより問い合わせ可能 |
弁護士(法テラス) | 法的トラブルについて、無料または低額で相談可能 | 0570-078374 |
自治体の高齢者相談窓口 | ・市区町村の福祉課などに設置されている窓口 ・施設とのトラブルについて、地域密着での解決支援が期待できる |
お住まいの各市区町村のホームページより問い合わせ可能 |

法的手段の検討


弁護士などの専門家に相談すれば、請求の正当性や契約上の問題点について、法的な視点からアドバイスを受けられます。
場合によっては内容証明の送付や調停など、より強いアプローチが必要になることも。

今後のトラブル防止策の検討
一度トラブルを経験したら、再び同じトラブルにあわないように予防策を考えておきましょう。
- 施設側が話していたことを記録
- 入所時の契約書をよくチェック
- 家族との情報共有を密に取る
こうした取り組みが、将来的なトラブルの予防につながります。
まとめ
老人ホーム退所時のトラブルを避けるには、入居時の契約確認と、日頃のスタッフとの情報共有が何より大切です。
契約内容は家族も一緒に確認し、気になる点は早めに相談しておきましょう。
それでも問題が起きた場合は、公的な相談窓口を活用することで、冷静に解決へと導くことができます。
